宇宙行く船 ―そらゆくふね― by hikako様 


※このお話にはhikako様のオリジナル・キャラクター、
 ジョンの双児の弟で片足が不自由なユーリ・トレーシー君が出てきます。


1.
「結局、アランが一人でそっちへ向かったから」
ユーリは5号のジョンと通信していた。
「まあ、仕方ないか。無事、救助が成功したんだから、良しとするか」
「そういうこと」

今日はサンダーバード5号の乗員交代の日だ。
いつもなら、スコットが同行するが、救助要請が入り、バージル、ゴードンの三人で出動した。
救助は成功したが、サンダーバード3号が出発する時間には戻って来れそうもなかった。
そういう訳で、アランが一人で宇宙ステーションに向かったのだった。

「でも、定時連絡以外の時間に通信したりしていいのか?」
私用で通信することに彼らの父親はあまりいい顔をしなかった。
「大丈夫、父さんなら出掛けたから」
「出掛けた?どこに?」
「ジョンソン宇宙センター」
「何で、また?」
「昔なじみに会いに行くんだって」
「へえ」
ジョンは意外そうな顔をした。
「前からの予定だったんだけど、救助要請が入ったからキャンセルするつもりでいたらしいんだよ。
けど、救助も無事済んだことだし、上手いこと言って送り出したんだ」
「何て言ったんだ?」
「後は、スコットに任せて大丈夫って」
ジョンは一瞬、目が点になった。
「兄さんには実績があるからさ」
「確かに」

例の一件でジェフが不在の時はスコットが立派に代理を務めるということが実証されていた。

「それにさ、父さん楽しみにしてたみたいだし」

君は相変わらず人の気持ちを見抜くのが得意だな・・・
ジョンは心の中でつぶやいた。

「帰りは明日だって」
「ふーん。しかし、ジョンソン宇宙センターか・・・」
「懐かしい?」
「君もだろう?」

宇宙飛行士の訓練は主にジョンソン宇宙センターで行なわれたし、
スペースシャトルやISSの管制センターもジョンソン宇宙センターにあった。
出来るものだったら、まだまだ勤めていたかった・・・
しかし、二人ともそれを口にすることはなかった。

「アランにサンドイッチ持たせたから、食べてから帰っておいでよ」
「そうするよ」
「じゃあ、待ってるよ」


2.
「何か引き継ぐことはある?」
5号に到着したアランはジョンに訊いた。
「いや、今のところはないな」
「そうか」
アランは鞄の中から、布にくるんだ包みを取り出した。
「ユーリがサンドイッチ作ってくれたんだよ。一緒に食べよう」
「だってね、ユーリから聞いてたよ」
「通信して来たの?」
「ああ・・・まあ・・・」
「本当に仲いいんだ、兄さんたちは」
アランは呆れたように言った。

「父さんも出掛けたんだってね」
ジョンは話題を変えようとした。
「うん、そう。すごく楽しそうに出掛けて行ったよ。
やっぱり、昔の友人に会うってのは嬉しいもんなんだろうね」
「そうかもね」
ジョンは微笑んだ。
「コーヒーを入れて来るよ」

その時、オートチョイスが作動した。
「国際救助隊、応答願います。こちらNASAのISS管制センターです」
ジョンとアランは顔を見合わせた。


3.
トレーシー島では、ジェフから通信が入った。
「父さん、どうかしたんですか?」
ユーリが応答した。
「スコットたちは帰って来たかね?」
「いいえ、まだです。ケガ人を病院に搬送すると言ってましたから」
「ジョンとアランは?」
「5号に到着した頃だと思いますが」

ジェフは何も言わなかった。
ユーリは父の深刻そうな様子から、何か大変なことが起こっていることを察した。

「父さん、何があったんですか?」
「非常事態だ」
「え?」
「ISSにデブリが衝突した」
「何ですって!?」

「ISSにデブリが衝突!?」
ジョンとアランは耳を疑った。
「確かISSにはデブリ防止のシールドがありましたよね?」
「ええ、しかし防ぎ切れなかったようです。
居住区画の後方に衝突、衝撃でISSのほとんどの機能が停止した状態です」
「ズヴェズダに?」
「乗員は?」
ジョンは落ち着いた声でNASAの管制官に訊ねた。
「3名です。居住区画内にいた1名が爆風で飛ばされて負傷した模様」
「救命艇で脱出出来ないんですか?」

ISSには緊急時の救命艇として、ソユーズロケットがドッキングされている。

「それが、ソユーズは大破、使用不能です」
アランは目を見張った。
「詳しい被害状況を教えてもらえますか?」
ジョンはあくまでも冷静に対応した。
「姿勢制御と軌道制御システムダウン。
酸素発生装置、二酸化炭素除去システム、空調も故障。室温が上昇中・・・
現在、無事な2名がユニティのシステムの回復作業をしてます」

「NASAの対応は?」

地上ではユーリが父から情報を引き出そうとした。

「救援に向かうようだ。しかし、打ち上げには時間がかかる。間に合わないかもしれん」
ユーリは父が考えていることに気づいた。
「救助要請が来るということですか?」
「おそらく」
「受けるんですか?」
「お前たち三人はISSをよく知っているだろう」
「ええ、確かに。でも、乗員の中に僕たちを知っている人がいるかもしれませんよ」
「その時は、その時だ」
そのことは、ジェフも充分承知していた。
「私が何とかする」
「分かりました。5号に連絡します」

「どうするんだ?」
一旦、通信を切ったジョンにアランは言った。
「本部に連絡する」
「父さんはいないんだよ」
「ユーリがいる。彼は非常事態を対処したことが何度もある」
ジョンはユーリを直接呼び出した。

「ちょうどよかった。今、呼び出そうと思ってたところだよ」
通信が繋がるや否や、ユーリは話し出した。
「NASAからISSのことで救助要請が来なかったか?」
「何で知ってるんだ?」
アランが驚いたように言った。
「父さんから連絡が来た」
「父さんから?」
そうだ、父さんはジョンソン宇宙センターに行ってるんだった・・・と、ジョンは思った。

「それで、父さんは何て?」
「受けるように言ってる」
「でも、乗員は僕たちを知ってるかも」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろう?人の命がかかってるんだから」
ジョンは言葉に詰まった。
「わかった・・・」
「とにかく、3号でISSに向かってくれ」
「どっちが行くんだ?」
アランが訊いた。
「一人じゃ無理だ」
ユーリは即答した。
「でも、5号が無人になる」
「仕方ないよ。その間何も起こらないことを祈るだけだ」
「そうだな」
ジョンはユーリを見据えた。
「NASAとISSの連絡は僕がやる」
「了解」
ジョンは弟を振り返った。
「行くぞ、アラン」
「り、了解」
二人は3号へ移動し、5号から離脱しISSに向かった。


4.
「ISSの現在位置は?」

ISSは通常は高度約400kmの地球周回軌道を一周90分で回っている。
一方、サンダーバード5号は高度36000kmの静止衛星軌道上にある。
かなりの高度差があるので、追いつくまでには多少の時間が掛かる。

「NASAから送信されて来たデータを転送するよ」
ジョンはユーリから送られて来たISSのリアルタイムの追跡データをモニターに映し出した。
「姿勢制御と軌道制御がやられてるから、徐々に高度が落ちて行ってる」
「そのようだね」
「ユニティの機能が回復しても、あれには推進機能はないから落ちる一方だ」
「3号をドッキングして、スラスターを噴射したら?」
アランが提案した。
「一時的には高度が上がるだろうけど・・・そうだ」
ユーリは何か考えついたようだった。
「確か、ザーリャにも軌道高度維持と姿勢制御機能があった」
ジョンはユーリが考えていることを察した。
「ザーリャにシステムを代替させるのか?」
「いい考えだと思わない?」
「なるほど。でも、ザーリャが機能停止してから20年以上経ってる、上手く機能するかどうか・・・」

ザーリャは今でこそ、ユニティとズヴェズダを結ぶ通路になっているが、
ズヴェズダが打ち上げられるまではISSの航法、推進系の機能を担っていた。

「とにかく、NASAに交渉してみるよ。また、後で連絡する」
ユーリは通信を切った。

「でも、選りによってズヴェズダに衝突するなんて」
アランはため息をついた。
「あそこには、ISSの主要なシステムが集中してるのに」

アランが言うとおり、ズヴェズダには、生命維持、航法、推進、通信、電力供給等、
多くの重要な機能が備わっていた。

「ズヴェズダは老朽化が進んでるから、もたなかったんだろうか」
ジョンが呟いた。
ズヴェズダはISS組み立ての初期に打ち上げられたモジュールだ。
「そうかもしれない」
「新しい居住モジュールが完成してはいるらしいんだけどね」
話しながらもジョンはモニター上のISSの位置を目で追っていた。

「ザーリャの推進機能を回復させる?」
ユーリの提案にNASA側は明らかに戸惑っていた。
「ザーリャの機能を回復させれば、高度を引き上げられる筈です」
「しかし・・・」
「ザーリャのシステム回復のプログラムがあるんじゃないですか?」
ユーリの鋭い指摘にも関わらず、NASA側は返事を渋った。
「一刻を争うんですよ、躊躇ってる暇はないと思いますが」
ユーリは辛辣な口調で言った。
「このままではISSは大気圏に突入します。
あれだけの大きさだから燃え尽きずに地上に落下するでしょう。
そうなると、地上にも被害が及ぶことになりますよ。それでもいいんですか?」
ユーリの一歩も引かない強硬な姿勢に、ようやくNASA側は重い腰を上げた。
「わかりました・・・すぐに取り掛かりましょう」

「本部から3号へ」
ユーリから通信が入った。
「はい、こちら3号」
ジョンが応答した。
「話がついたよ、15分以内に作業に取り掛かるそうだ」
「そうか、上手くいくといいが」
「ユニティの二人とも連絡が取れた」
「どんな具合だ?」
「全機能の2/3は復旧したようだ。エア・ロックも作動可能。
酸素の供給は何とかなりそうだが、二酸化炭素除去装置が上手く働かないらしい」
「それじゃ、ぐずぐずしてられないな」
「でも、エア・ロックが動いて良かったね」
横からアランが口を挟んだ。
「その二人には自力で3号に来てもらうか」
「問題は残る一人だよ。どうやらズヴェズダのドアが開かないらしい。
最悪、ドアをレーザーで焼き切らないといけないかも」
「それは厄介だな」
「ということは、EVAが必要なんだよね?」
アランがユーリに訊いた。
「ああ」
「で、どっちが出るんだ?」
「どっちでもいいよ、二人ともミッションスペシャリストなんだから」
「ユーリが決めてくれないか?いいだろう、ジョン?」
アランは兄を見た。
「ああ」
アランの申し出にユーリは戸惑ったが、躊躇っている暇はなかった。
「わかった」
ユーリは暫し、考えた。
「ジョン、君の方がISS滞在の経験が長い。
アランはこれから1ヶ月間5号勤務があるから、君に出てもらっていいかい?」
「もちろん」
ジョンは快諾した。
「その方がいいよ」
アランはNASAにいた頃、二人が息が合った仕事をしていたのを何度も見て来た。
「僕は補佐に回るよ」


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