Inner Child by hikako様 


※このお話にはhikako様のオリジナル・キャラクター、
 ジョンの双児の弟で片足が不自由なユーリ・トレーシー君が出てきます。


「じゃあね、早く寝なよ」
「君もね」
「おやすみ」
「おやすみ」

通信を切ると、ジョンはサンダーバード5号の管制室の窓から地球を眺めた。
今頃、ユーリも星空を見上げているだろうか?

ジョンはふと、NASAの宇宙飛行士として初めてのミッションを終えて
地球に戻ってきた時のことを思い出した。
「宇宙から見た地球はどうだった?」
ジョンは出迎えたユーリに真っ先にそう訊かれた。
「きれいだったよ、写真なんかで見るより、ずっと。月並みだけど青い宝石みたいだった」
「いいなあ、僕もひとめでいいから見てみたい」

心の底から羨ましそうに言うユーリの姿が、今でも目に焼き付いている。
あんなことさえなかったら、彼も宇宙飛行士になっていただろうに・・・

本当にひと目でいいから、この景色をユーリに見せてやりたい
ジョンは眼下の地球を眺めながらそう思った。

その時、ジョンは背後に何かの気配を感じた。
振り向いてみたが、もちろん何もなかった。
「気のせいか・・・」
5号の中にジョン以外の何かがいる筈がない。
「疲れてるのかな・・・今夜はもう寝るか・・・」
そう寝れる時に寝ておかないと、いつ叩き起こされるか分からないのだから。

「おはよう、よく眠れた?」
「ああ」
「昨夜は何事もなかったようだね」
「おかげで、よく眠れたよ」
「それは、よかった」

ユーリとの短い挨拶を済ませると、ジョンは気象情報のチェックを始めた。
今は台風やハリケーンの時期だ。
勢力や進路を確認しておかなければならない。
被災地から救助要請が来ることも充分考えられるからだ。

ジョンがモニターをチェックしていると、背後に視線を感じた。
彼は振り返ったが、誰もいなかった。
静かだから、そんな気がするのだろうか?

確かに宇宙ステーションの中は静かだ。
自分が立てる音と、機械が発する音しかしない。
あまりにも静かで圧迫感を感じることもある。
彼がかつて滞在した国際宇宙ステーションも静かだったが、他にもクルーがいたし、
地上の管制センターと常に連絡を取り合っていたので、そう気にすることもなかった。
ここでも定時連絡はあるけれど、一日四回だけだ。
その間に救助要請がなければ、誰とも話すことはない。
誰とも話さないというのは、結構ストレスがたまるものだ。

「いけない、仕事、仕事」
ジョンはモニターに視線を戻した。

気のせいではないような気がする・・・

ジョンが感じた何か・・・それは、最初は単に気配だけだった。
振り向いたら、すぐに消えてしまっていたのだが、日を追うごとに形が感じられるようになった。
それは、別に何をする訳でもなく、ジョンがやっていることを見ていたり、
5号の中を動き回っているだけだった。
まるで小さな子供が好奇心いっぱいといった様子で見て回っているといった感じだ。

「この頃、5号の中で何かの気配を感じるんだ」
ジョンは思い切ってユーリに話してみた。
「は?」
「何て言うか、幽霊みたいな感じでね・・・」
「幽霊って」
思いもかけないジョンの話にユーリはどう反応したらいいものか迷っているようだった。
「で、それが君に何か悪さするのかい?」
「そういう訳ではないんだ、別に恐くもないし」
「ジョン、君疲れてるんじゃない?それでありもしないものを見たんじゃ・・・」

ユーリはジョンの目を覗き込んだ。
NASAで地上オペレーターをしていた頃は、宇宙飛行士の健康管理も仕事のひとつだったので、
ユーリは自然とジョンの顔色や言動に目が行ってしまう。

「疲れてなんかいないよ」
「本当?」
「ああ」
「それなら、いいけど・・・」
ユーリは今ひとつ、信用出来ないという様子でジョンを見た。

「話さない方がよかったかな・・・」
ジョンは少し後悔していた。
ユーリだから話したのだが、却って彼に心配を掛ける結果になってしまったからだ。
やはり、ユーリの言うとおり、疲れて幻覚を見たのだろうか?

言ってる側からジョンはまた気配を感じた。
彼が振り向くと、そこには10歳くらいの少年の姿があった。
ジョンは驚きのあまり目を見張った。
その子は自分たちの小さい頃にそっくりだったからだ。
まさか!?
ユーリ?それとも自分なのか?
ジョンには分からなかった。

ジョンに呼ばれたような気がして、ユーリは振り返った。
しかし、そこにジョンがいる筈はなかった。
「空耳・・・?」
ユーリは頭をかいた。
「ジョンのこと言えないな。ここのところ変な夢見るし・・・」

「変な夢?」
ジョンは訊き返した。
「そう、訳が分からないんだ」
「どんな?」
「5号に行って君がやってることを見てるんだけど、何故か僕は子供でね」
「え?」
「しかも、僕は君が誰なんだか分からないんだよ」
ジョンは内心驚いた。
「また、何で子供になってるんだ?」
「さあ、歩けないからかな?」
「夢の中なら何でも出来そうな気がするけどな」
「もう、僕は歩くという感覚がどういうものだったか思い出せないんだ。
だから、夢の中でも歩けないと思うよ」
ユーリは淡々と言ったが、その顔は少し淋しそうだった。
「それで、歩けた頃に戻ってるのかもしれない」
ジョンは何と答えたらいいか分からなかった。

もしかして、ここに現れた少年はユーリが言っていた夢の中の彼なのだろうか?
確かにあの子は、ユーリが事故に遭う前、自由に歩けた頃の姿をしている。
仮にそうだとして、夢と現実が交差するということが有り得るのだろうか?

それにしても、夢の中でも歩けないなんて・・・
ジョンはユーリの淋しそうな顔を思い出して、切なくなった。

「ちょうど今、皆無事に戻ってきたよ」
「そうか、よかった」
兄弟たちが無事、救助活動から帰ってきたと聞かされ、ジョンは安心した。

通信を切って、ひと息ついた時、ジョンはまたもや、例の気配を感じた。
そっと振り返ると、あの少年が立っていた。
「ユーリ」
ジョンは思い切って声を掛けた。
「君はユーリだろう?」
ジョンは話しながら、少年に近づいた。
彼はジョンを見上げた。
「そうだけど。お兄ちゃん、誰?」
ジョンは面喰らった。
ユーリに『お兄ちゃん』と呼ばれるとは夢にも思っていなかったからだ。
そう云えば、ユーリは夢の中では僕が誰だか分からないと言っていたっけ・・・

「僕はジョンだよ」
「ジョン?」
小さなユーリは驚いたようにジョンを見た。
「僕の知ってるジョンは子供だよ」
「君も僕も、もう大人になってるんだ」
ジョンは苦笑した。
「思い出さない?」
ユーリは考え込んでいるようだった。
「そんな気もする」
「どうして、小さくなってるんだい?」
ジョンは昼間と同じことを訊いてみた。
「大きいユーリは歩けないから」
「そうか・・・」

ジョンはそれ以上は追及しなかった。
ユーリは『夢でもいいから歩けるようになりたい』とは思っていないのだろう。

「どうして此処に来たの?」
ジョンは話題を変えた。
「呼ばれたから」
「呼ばれた?誰に?」
「ジョンだよ」
「僕が?」
「そうだよ」

そう言われて、ジョンは思い返してみた。
もしかして、あの時だろうか?

「ずっと前から此処に来たかったから、うれしくてあちこち見て回ったんだけど、邪魔だった?」
「そんなことないよ」
ジョンの表情がふっと緩んだ。
彼は小さなユーリの目の高さまでかがみ込んだ。
「見たかったんだ?宇宙を」
「そう!もう、ずっとね」
小さなユーリは目を輝かせた。

「こっちにおいでよ」
ジョンは立ち上がると、小さなユーリをワイドウィンドウの方に誘った。
「地球がよく見える、ほら」
「うわぁ!」
少年は歓声を上げた。
「すごく、きれいだ。君が言ってたとおりだね」
ユーリの声が急に大人びた。
ジョンが横を見ると、ユーリはいつの間にか大人の姿になっていた。
彼はユーリに微笑みかけた。
「僕はずっと君にこれを見せたかった」
「僕も見たかった、ひと目でいいから」
二人は互いの瞳を見つめた。
「ありがとう、夢を叶えてくれて」
「僕も、夢が叶ったよ」
ユーリは微笑むと、窓から見える地球に溶け込むように姿を消した。
恐らく目を覚ましたのだろうとジョンは思った。

ひと目でいいから、ユーリに宇宙から地球を見せたい・・・という僕の思いが、
ユーリを此処へ呼び寄せたのだろうか・・・
こういうのを白昼夢というのかもしれない
それとも、僕も夢を見ていたのか・・・
ジョンは窓から地球を眺めながら、そう思った。

「昨夜はとてもいい夢を見たよ」
翌日の朝、定時連絡の時、ユーリが楽しそうに言った。
「へえ、どんな?」
「5号から君と二人で地球を見たんだ。すごく綺麗だった」
どうやら、ユーリには夢として認識されているようだ。
ジョンは微笑んだ。
「昨夜、君は本当に此処に来てたって言ったら信じるかい?」
ユーリは一瞬、戸惑ったような表情を浮かべたが、すぐ笑顔になった。
「そうかもしれない、夢にしてはやけに鮮明だったし・・・
今でもはっきりと思い浮かべることが出来るよ」
ユーリの瞳は昨夜と同じように輝いていた。
「多分、一生忘れない」

ジョンはいつものようにワイドウィンドウから地球を眺めた。

僕も、昨夜の出来事は一生忘れないだろう・・・
あれが現実に起こった事なのか自信はないけど、この世には科学では証明出来ない事も確かにある。
それを君は僕に教えてくれた。

「また、遊びにおいでよ」
ジョンはユーリの心の中の小さなユーリにそっとささやいた。




Feeling

hikako様が素晴らしいSSをプレゼントしてくださいました。

5号でのジョンと子供のユーリ君の情景を想像して、
なんだか昔見たSFドラマのような懐かしさを感じました。
ジョンも言っているように、一人ぼっちの5号滞在で話し相手ができて嬉しかったのでしょう。
ユーリ君も夢がかなって本当に良かったと思います。
科学では証明できないことがある、ジョンがそう感じたということは
きっと、心の通じているユーリ君も同じようにジョンに教えてもらったと思っているのでしょうね。

hikako様、優しい気持ちになれるSSをありがとうございました。


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