先に浜辺に降りたゴードンが、橙色に染まった海に目をやりながらアランを手招きした。
「もっと南寄りのスポットだよ。それにもう7・800メートル沖にでなきゃ」
「僕が行ったのだってそこだよ。でも一昨日はさっぱりだったぞ」
アランが口を尖らせると、ゴードンはなにくわぬ顔で涼しげに言った。
「潮を読めよ。魚にだって都合ってものがあるんだから」
そう言われて赤くなったアランがお約束のようにゴードンに食って掛かる。
遅れて砂浜に降りてきたバージルはこれ見よがしにため息をついた。
「また始まった…。これで何度目だ?」
「まあ、あれで本人達は楽しんでるからなあ」
スコットはバージルと並んで立ちながら苦笑している。
その光景をさらに後ろから眺めながら、ジョンは思わず微笑んだ。
その場にいなくても、事の顛末は手に取るようにわかる。
教えられたポイントで丸坊主だったとしたら、
なるほど、あの二人は一昨日から何かにつけ、この調子だったわけだ。
「そうだ、ジョン。聞きたいことがあるんだ」
振り返るとスコットがジョンの方を見ている。
「この間の救助で使われた通信波についてなんだが…」
…ああ、今日はこっちか。
ジョンは微笑んでスコットとバージルの方に歩いていった。
スコットの話しに耳を傾けるジョンの髪を、夕暮れの風が静かにゆらした。
久しぶりに感じる潮の香りが心地いい。
ジョンはこの昼過ぎに5号から帰ってきた。そして明日の朝にアランが5号に赴く。
今、5号にはブレインズがいる。
機器のメンテナンスの時間を利用して、兄弟五人がそろう、めったにない機会を作ってくれたのだ。
夕食前に五人で浜辺に散歩に行こうと誘ったのはゴードンだ。
兄弟全員が身近にいる、以前はありふれていたはずの感覚が久しぶりに戻ってきて、
何となく浮き足立っていたのかもしれない。
五人は顔を見合わせると、誰ともなく浜辺へと降りていった。
この前の救助の成り行きについて意見を傾けていたスコットは、
そのうちバージルと2号の装備について熱心に話し込みはじめた。
傍らで聞いていたジョンはふと、誘われるように砂浜に歩み出た。
陽はすでに水平線に触れるところまで傾いている。
長くのびた椰子の影も島の高みに流れ、黄金色がなめらかに変化する砂の上を、
穏やかな影を落としながら波頭がたゆたう。
ぽつりと浮かぶ雲も、遠く続く波間のきらめきも、空と海の交わる彼方まで、
ここでは全ての物が、時の移ろいの中でゆったりとたたずんでいる。
目を上げると、波打ち際ではゴードンとアランが波に足を洗われながら言葉を交わしていた。
沖の方を指差しているところを見ると、まだ釣り談義で盛り上がっているようだ。
そんな二人が妙に目新しく感じられるのは何故だろう…。
ああ、そうか…、アランだ。
もう長いこと、人工光の下で青い制服に白いサッシュをかけた姿しか目にしていない。
アランがこうして島にいるのを見るのはいつ以来だろう。
スコットとバージルはまだ話しこんでいる。
だが、話題は他に移ったらしい。二人の表情に笑顔が見える。
自分が5号にいるとき、ここではこうして時が流れていくのだろう。
やわらかな黄昏色の光の中で思い思いに過ごす兄弟達を眺めながら、
ジョンはふと、微かな郷愁を覚えた。
「そろそろ夕食の時間じゃないか?」
スコットが時計を見た。
「そうだな。おーい、戻るぞ」
バージルの声にカニを手に乗せていたゴードンが顔を上げた。
「OK。アラン、先にラウンジに着いたほうに食後のコーヒー、サーブ!」
ゴードンはそう言うやいなや、上へあがる小道に向かって走りだした。
「甘く見たな!陸上まで君の天下だと思うなよ」
負けじとアランが砂を蹴って猛然とダッシュする。
もつれあうようにして階段に突進する二人を避けながら、
バージルが砂浜に立っているジョンに声をかけた。
「ジョン!」
「了解」
ジョンは軽く手を上げて答えると、空を見上げた。
東の空が青みを帯び始めている。
今の季節なら、もう一時間もすればあの空に『蠍の心臓』が輝きだすだろう。
「一番星、見つけた」
ジョンはふっと微笑むと、兄弟達のあとを追って家路に就いた。
■ Note
…とうとう描いてしまいました、マジなイラストで5兄弟そろい踏み。
駄文も読まれず、一見しただけでスコットとバージルがどちらかを確信できた方。
万が一でもいらしたら、どうか身辺にお気を付けください。
あなたの直感力は国家機密レベルです!
(はい、描き分けられてないのは重々、承知でございます…。T-T)
今回、表現したかったのは三男のジョンです。(新設定派の方には申し訳ないですが…)
旧設定の彼は二人の兄と二人の弟に挟まれた三男坊です。
上も下も二人ずついるので一番上や一番下になる機会も少なく、
時と場合によって「大きい方」にも「小さい方」にもなり得る、ある意味、不安定な存在です。
(まあ大抵の場合は「大きい方」だと思うのですが…。)
それがお話に書いた「今日はこっちか」発言。
イラストでは、ジョンは兄弟達の一番後ろで、のほほんと空を見上げています。
もしジョンを次男とするなら、私は前を向いて微笑んでいる彼の姿を描きます。
大局を見て方向づけするスコットに対して、
バージルは隊の内部を統括する副リーダー的立場だと思います。
次男のジョンであれば、そんなバージルが弟達を統べるのをオブザーバー的に見守ったでしょう。
でも三男のジョンは弟達の動向を安心してバージルに任せてしまいます。
一方、バージルにとって三男のジョンは、
一声かけておけば特に気をつけていなくてもちゃんとついてくる、
文字通り放任できる存在なので、目をかけることは基本的にしません。
子供のときから協力しあって弟達の面倒を見て、今も現場で密接な連携を取る上の二人と、
年齢も近くて一緒に扱われることが多く、今でも遊び仲間のような下の二人。
そんな彼らに挟まれて、ジョン自身の性格もあるのでしょうが、
なんとなく周囲から一歩引いた存在になるのも致し方ないのかな、と思ったりもする今日この頃です。
(いえ、大分、以前から…。^_^;)
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