The Anchor to the Ground
 With a smile, John handed one more cherry tomato to Alan who tasted another one with wide eyes.

29th May, 2005

「甘い!」
「だろ?もっと食べてもいいよ」
ミニトマトを頬張って目を丸くしたアランに、ジョンは微笑みながらもう一つ差し出した。

任務交代のために5号にやってきたスコットとアランは、引き継ぎの後、
ジョンに居住区の中の一室に案内された。
ドアの中の光景を目にした時、スコットは一瞬、ここが宇宙ステーションであることを忘れかけた。
大して広くないその部屋は、外部の虚空を忘れさせるほど緑に満ち溢れている。
そしてその中で、枝を広げたトマトの小さな木に丸くつややかな実がいくつもついていた。

差し出されたトマトに返事もそこそこにアランが手をのばす。
そんな弟に向けたジョンの笑顔を見て、スコットはふと、幼かった頃を思い出した。

昔からジョンは人に何かを提供する時に、とてもいい笑顔をしていた。
弟達におやつを分け与える時、兄達に助力を申し出る時…。
相手に対する思いやりだろう、あるいは彼自身の中での満足感もあったかもしれない。
相手が何かをしてもらっているという立場を忘れるような微笑みを、
いつもジョンは見せていた…。

「スコットもどうだい?」
話し掛けられて、スコットは我に帰った。
目の前でミニトマトの鉢の前に屈んだジョンが、スコットの方に実を差し出している。
その笑顔を見て、スコットは微笑んだ。今もそうだ、小さかった頃とまったく変わらない…。

「いただくよ」
スコットはトマトを受け取ると、口に放り込んだ。確かに甘い。果物のようだ。
「光源のフィルターを変えたのが良かったらしい。バジルも一緒に植えたしね」
「バジル?なんで?」
きょとんとした顔で尋ねたアランに、ジョンはもう一度、微笑んだ。
「コンパニオンプランツっていって、一緒に植えると効能がある植物の組み合わせがあるんだ。
トマトの場合はバジルを一緒に植えると味が良くなるんだよ」
「ふうん」

「さて…」ジョンが腰を上げた。「交代要員も来てくれたことだし、そろそろ帰るか」
その言葉を聞いてアランがあからさまにため息をついてみせる。
それを横目で見ながらジョンは続けた。
「トマトは赤くなったのから取って食べていいよ。
そのかわり、次の交代の時まで枯らさないでくれ」
「えぇっ!?僕に植木の世話をしろっていうのかい?」
目を丸くしたアランを見て、ジョンは今度はニヤリと笑った。
「文学史の授業以上に、君が園芸に興味がないのはよく知っている。
大丈夫、ブレインズがオートケアのシステムを作ってくれたよ。
君はシステムが稼動しているか、チェックするだけでいい。行こう、スコット」
ホッと胸をなで下ろすアランを後目に、ジョンはドッキングポートに向かって歩き始めた。

その後について歩きながら、スコットは思った。
ジョンだって、昔から園芸に興味があったわけじゃない。
初めてその片鱗を見たのは…そうだ、NASAに入ってからだ。
ケープ・カナベラルのジョンの部屋を訪ねた時、
ここと同じように緑で溢れていたのを見て驚いたことをスコットは思い出した。
ジョンにそのことを尋ねたらこう答えたっけ。
故郷はこんなにも生命に溢れているということを実感したんだ、って。

…そうか。
今、自分以外に生きとし生ける物のいないこの空間で、2万マイル以上離れた地上へ、
ジョンはこうして思いを馳せていたのかもしれない。

スコットはジョンに追いつくと、その肩を叩いた。
「ジョン。さっきのトマト、持って帰って皆に食べさせてみたらどうだ?
ゴードンあたりが宇宙トマトだって珍しがるかもしれないぞ」
ジョンは肩をすくめて笑った。
「ダメだよ、彼には海で採れた物でなくちゃ」
「ふうん、海トマトか。海キュウリとあわせてオーシャン・サラダができるな」
そのスコットのセリフを聞いたジョンはぎょっとした顔で振り向いた。
「そんな物を好んで食べるようなら、僕は彼と兄弟の縁を切るぞ」
「それほど下手物でもないぞ。京都に行った時に一度食べたことがある」
「そういえば、東洋ではあれはれっきとした食べ物だったな。それにしても…」

首をふりながら歩き去るジョンを、スコットは少し残念そうに見送った。
持って帰って皆に見せたかったのは、君のその笑顔だよ…。



Note

ジョン・マリオット著「Thunderbirds Are Go」にジョンは園芸の趣味もあって、
5号で鉢植えの植物を育てているって書いてあったので、
是非そのシーンが描いてみたくて、今回の暴挙に出てしまいました。
しかも5号に園芸部屋まで作ってしまうというやりたい放題。

ジョンの趣味の施設ばっかり増えたって?だって、あそこは彼のお城ですもの。
…ああ、アランも常駐するんでしたね。
じゃぁ、ブレインズに頼んで彼には超高性能のドライビング・シミュレーターでも
作ってもらいましょう。

今回、勝手にジョンの園芸の趣味はNASAに入って以降、と設定してしまいました。
ジョンの星に関する興味はおそらく、誰もが幼い頃からだと想像すると思いますが、
園芸についてはもう少し、大人になってからでもいいのかな、と。

星に憧れて宇宙飛行士になったジョンだからこそ、
月面の荒涼とした世界や無限に広がる虚空をその目で見て、
この地球にしか存在しない生命(今のところ…)というものについて、
改めて考えたと思うのです。
まぁ、それが園芸の趣味につながるかどうかは、また別の話ではありますが…。

画中の植物は右上のつり鉢がサクララン、左がイングリッシュ・アイビー。
置き鉢は右がポトス・ライム、左がアフェンドラ・ダニア、
一番手前がディフェンバキア・カミーラです。

見ての通り、葉がまばらか大振りな観葉植物ばっかり。
それは何故か…そう!植物を描くのが苦手だから!

何が下手って、私に描かせたらこれほどド下手なアイテムはありません。
今回だって自分で一から描いた物なんて一つもありません。
いいですか、ただの一つもですよ!(…何を強調してるんだか…)
たまたま持っていた「観葉植物の育て方」から
母所蔵の20年以上前の「趣味の園芸」テキストまでかき集め、拡大コピーしてトレースしました。

しかも小学校の頃から、朝顔の観察もジャガイモの水耕栽培もロクな結果に終わらず、
まさに「好きこそ…」ならぬ「嫌いこそ物のド下手なれ」。
というわけで、私はジョンとは趣味も話も合いません。ちゃんちゃん…

ところで「海トマト」はありませんが、「海キュウリ」はれっきとした英語です。
「sea cucumber」、意味は「なまこ」。
西洋人のジョンが蒼くなったのもわかってあげてくださいね。



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