凄まじい爆風に煽られて、ジョンは思わず膝をついた。
肩ごしに目をやると周囲を舐めるように炎が立ち上がり、熱風とともに火の粉が舞っている。
ぐらりと床が揺れた。波に洗われるような緩慢な揺れだ。
ここはもう間もなく沈む…。
予想された事態だった。
インド洋で発生した巨大な台風が洋上に孤立したホテルを飲み込んだときに、誰もがそう思った。
採掘の終わった海底油田の施設を利用して建てられたその海洋リゾートパークは、
予てから安全性が指摘されていた。
だが企業側は反論した。
設計には技術の粋を集め、綿密なシミュレーションも行なっている。
今まで起こったどんな災害にも対処できる、と。
そして、いつしか世間はその議論を忘れた。
だか、事は起きた。
ほんの些細なことだ。海中のうねりで流された海底遊覧用の潜水艦の係留フックが曲がり、
がたついたプレートからボルトが一本、外れたのだ。
それは想定された範疇だった。
予想外だったのはゆるんだボルトがドックの非常制御版まで流れついたことだ。
ボルトは意志でもあるかのようにポートロックを解除する。
巨大な圧力を持った海水が海面下30メートルの施設中央部に流れ込んだ結果、
海上、海中、海底のモーメンタムのねじれに、
剛柔を兼ね備えたはずの構造が悲鳴をあげるのに時間はかからなかった。
史上最大規模の台風を検知して以来、国際救助隊は不測の事態に備えていた。
ホテルから救助要請を受けたジェフはすぐさま1号、2号、4号を出動させ、
情勢把握と施設最上階に集まった被災者の安全確保、
そして海中での構造補強による避難時間の延長を試みた。
そこでもう一つ、予想外の事態が起こる。
子供がいない…っ!
避難誘導に現場に下りたジョンの耳に、泣き叫ぶような女性の悲鳴が聞こえた。
展望フロアにごった返す人々の中で、
女性が一人、狂ったように階下への階段へ向かって人をかき分けている。
駆け寄ったジョンの腕を指が食い込むかのような力でつかむと、
女性は食い入るような目で見つめた。
ナーサリーに預けた子供が来ていない、他の子はいるのに!
保育士はそこにいた全ての子供を連れてきており、誰も残っていないことを確認している。
女性を従業員に任せ保育室のあるフロアまで降りたジョンの元に、
4号のゴードンからの通信が届いた。
そこから2フロア下に、センシングに引っ掛かるものがある。
それからもう一つ。そのすぐ下のフロアで火災が発生した…。
ジョンの胸元で固まりが動いた。
小さな暖かい命…。行かなければ…守らなければ…!
人間の思惑など自然の前では取るに足りない。
ジョンは無意識に立ち上がった。
目を見開き熱い息を押し殺して、力のかぎり床を蹴る。
背後で爆音がとどろいた。
…とどろいたはずだ。肺が共鳴した。耳には何も聞こえていない。
赤いサインが目に入った。
非常階段へ通じる扉がスローモーションのように近づいてくる。
…来い…来い…来いっ!!
胸に小さな固まりを抱き締めたまま、満身の力をこめてジョンは扉へ飛び込んだ―――。
■ Note
映像中、ジョンが救助現場に赴いたのは皆様ご存知、あの16話だけでした。
その16話で、救助への参加回数についてジョンは10回くらいと答えています。
スコットの言う全部が何回かはわかりませんが、ジョンは確かに回数は少ないでしょう。
5号での活動はもちろん“救助に参加した”と言えますが、
現場での経験が他の兄弟達よりも少ないのは事実です。
では、現場での救助活動において、ジョンは他の兄弟に劣るでしょうか。
兄弟それぞれ担当はありますが、実質的な稼働メンバーは五人しかいないわけですから、
各人が複数の担当をこなすぐらいのバックアップ態勢は取っているでしょうし、
マニュアルにある内容や現場で当然取るべきセオリーは兄弟誰もが熟知しているはずです。
でも、明文化されていない、無意識の瞬間的な行動は別かも知れません。
このお話で、私は爆風に煽られ、思わず後ろを振り向くジョンを書きました。
これが同様のシチュエーションを何度も経験したバージルなら、
おそらく振り向く一瞬すらセーブして安全地帯を目指したでしょう。
ジョンがもし経験不足だとしたら、それが出るのは救助活動として明文化されない、
こうした一瞬の行動だと思うのです。
ですから逆に、私の想像するバージルはレーダーの端にわずかに映る航跡を見ても、
その機体が救助活動に影響するかどうかを瞬時に判断することはできません。
…というのはまあ、いいとしても…
こんな状況に赴くのなら、少なくともヘルメットとグローブくらいは
してて当然だと思うんですけどねえ…。
(…を装着した場合に、pomの画力で人物を描きわけられるかはおいといて…。^_^;)
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