A Whim
 "Gordon! Stop there now! I SAID NOW!!"

10th September, 2006

「わーっ!ごめん!!ごめんってばっ!!」
叫び声と供に駆け抜けるゴードンの後を、鬼のような形相でジョンが追いかけていく。
コーヒーをこぼしそうになりながら慌てて身を引いたスコットはふと思った。
…今、ジョンの顔に何かついてなかったか?


「ゴードン!そこで止まれ!今すぐだっ!!」
ゴードンは観念して立ち止まると、ゆっくりとジョンの方に振り向いた。
プールを挟んだ向こう側でジョンが息を弾ませている。
この距離からでも胸の上の「Love You」の文字がはっきりと見えた。
そして顔には右頬に丸、左には三角…。

ゴードンは天を仰いだ。本当にほんの出来心だったのだ、神に誓って…。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


ゴードンがプールから出てテラスへ上がろうとしたとき、パサッと紙束の落ちる音がした。
音の方を見ると、パラソルの下でビーチチェアに寝ころんだジョンの足元に
びっしりと文字で埋まったプリントアウトの束が落ちている。
当の本人はといえば、すやすやと寝息までたててうたた寝の真っ最中だ。

「家に帰ったときくらいのんびりすればいいのに…」
苦笑いしながらゴードンがプリントアウトを拾い上げ傍らのテーブルに置いたとき、
ふと視界の中で自分とジョンの肌が重なった。
トレーシー島で毎日のように泳いでいる自分と比べるとジョンは驚くほど色が白い。
もともと金髪に伴って色白の上に、一年の半分は宇宙ステーションという
紫外線とは縁もゆかりもない環境にいる。
当然といえば当然か。

よく寝ているしこのままそっとしておこうと思ったとき、手に持ったサンオイルに目が止まった。
ジョンはもとからああいう肌だし紫外線慣れもしていない。
間違いなく日焼け止めを塗りたくっているはずだ。
それによく寝ているといっても顔を触られれば、いくらなんでも目を覚ますに違いない。
ゴードンはいたずらっぽく目を輝かせると、持っていたサンオイルを指に垂らした…。


* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *


ジョンがプールの縁を回ってゴードンの方にゆっくりと近づいてきた。
こちらを睨みつける目の色が普段のスカイブルーからくっきりとした青に変わっている。
…冗談じゃなくこれは相当にやばい。
「ほ…ほんの出来心なんだって!」
「ふうん、出来心か」
ジョンは表情一つ変えない。低く押さえた声は氷のようだ。

「で、どうしてくれるんだ?」
「どうしてって…」
「日焼けの跡だ。どうしてくれるんだ?」
ジョンにつめ寄られてゴードンはじりじりと後ずさった。
どうしてもこうしても、顔の上に図形まで書かれたのに起きなかったのはジョンじゃないか!
まぁ、起きないのをいいことに胸の上にまでイタズラ書きをしたのは自分だけど。

「…どうしましょう…」
自分でも間抜けだと思う台詞が口をついて出た途端、
ゴードンは腕をつかまれ思い切り投げ飛ばされていた。
背中からプールに落ちてさすがのゴードンも慌てて水面にあがる。
その目の前にジョンの顔がぬっとあらわれた。
「わっ!」
「いいか、今度こんなことをやってみろ。その顔に罵詈雑言書きなぐってやる」
目の前に迫ったジョンの迫力に気おされてゴードンはしどろもどろに答えた。
「イ…イエッサー…」

ジョンの表情がふっとゆるんだ。
手をのばしてゴードンの頭をくしゃくしゃっとかき回すと、
そのままプールの中にドボンと沈めてジョンは立ち上がった。
歩き去るジョンを水の中から見送りながらホッとしてゴードンは思った。
どんな時でもやっぱり最後の最後には許してくれるんだよな、ジョンは。


確かにジョンに対してはそれ以上の事なきを得たゴードンだったが、
その後、当然のことながら家族中からヒンシュクを買うこととなった。
勿論、日焼けの跡が落ち着くまで、
ジョンがいつにもまして無口になったのは言うまでもない…。




Note

サンダーバードのキャラクターは操り人形です。
当然、激しい動きはできませんし、ストーリーや人形遣いの手によって感情は表現されても、
その表情は造り込まれた以上には変わりません。
ですから、この「動き」と「表情」が以前から描いてみたかったテーマでした。
…でも……それが……どうしてこうなるんだよおおおぉぉぉぉ…っ!
いやー、ジョンとゴードンが強烈に間抜けになってしまって、申し訳ありません。
お怒りの向きも多いかと思います。どうぞ、ご容赦ください。

「鬼のような形相」だの「低く押さえた声は氷のよう」だのと物騒な言葉が並んでいますが、
こうは書いても、ジョンは少しも怒ってなんかいません。
顔に悪戯書きをされた恥ずかしさの腹いせに、ちょっとゴードンを追いかけてみただけです。

私の中ではジョンは怒ったことがありません。
実際、彼は怒ることがあるのか、怒るとしたらどんなことが彼の逆鱗に触れるのか。
彼が本当に我を忘れるほど怒ったとしたらどうなるのか。
残念ながらこのテーマは私の貧弱な想像力では手に余ります。
ただし感情的な行動に縁遠い分、もし本気で彼が怒りに身を任せたとしたら、
誰よりも恐いと私は思っています。
おそらく、兄弟中で一番。

ところで、コーナーを曲がりきれずにバランスを崩したジョンは
5号勤務がたたって少々、運動不足。
そして、追いかけっこをしているのがこの二人以外だったら、
髪の毛はなびかなかったんだろうなと思う今日この頃…。
ちなみにジョンが着ているのはUVカットのジャケットです。

で、今回のイラストを描いていて何が一番楽しかったかって、
そりゃぁもう、最後の仕上げにジョンの顔に悪戯書きをするところですよ!



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